えっらそうなタイトルなってますけどw
今回言いたいのは、そんな「アニメの哲学」のような高尚なもんでもなんでもなく。
よく、友達と映画見に行った帰りとかに、
「え、俺が見てて思った事と違う…」
って、なること有りませんか?
僕はよく有るんですよねーw
「一つの言葉」でも「いくつもの意味」があるわけで。
「一つのシーン」でも「いくつもの捉え方」があると。
今回それを思ったのは、「マクロスFの最終回の感想」で、新しい意見を見たので。
ちょっと気になってたので、「マクロスF最終回」の僕の解釈と一緒に記事書いておきたいと思います。
え、いまさら?ってかんじでしょうがw
DVDもレンタルされてるんで、そろそろ最終回を取り上げてもいいかな?ってことで。
勘弁して下さい、ちょっと書きたくなったんですw
今回言いたいのは、そんな「アニメの哲学」のような高尚なもんでもなんでもなく。
よく、友達と映画見に行った帰りとかに、
「え、俺が見てて思った事と違う…」
って、なること有りませんか?
僕はよく有るんですよねーw
「一つの言葉」でも「いくつもの意味」があるわけで。
「一つのシーン」でも「いくつもの捉え方」があると。
今回それを思ったのは、「マクロスFの最終回の感想」で、新しい意見を見たので。
ちょっと気になってたので、「マクロスF最終回」の僕の解釈と一緒に記事書いておきたいと思います。
え、いまさら?ってかんじでしょうがw
DVDもレンタルされてるんで、そろそろ最終回を取り上げてもいいかな?ってことで。
勘弁して下さい、ちょっと書きたくなったんですw
「マクロス」といえば、「歌」「三角関係」「ヴァルキリー」ですよね。
でも、三角関係って必ずしも「誰が誰を好き」ってのが明確になってる物ではないと思います。
例えば、熱気バサラとミレーヌとガムリン木崎なら、最終的には矢印は一方通行ですが、ミレーヌの矢印は2方向の時期が有りますよね。
一条輝も、ミンメイと双方向になってた矢印が、いつの間にか未沙に向いてる。
ですがアルトの場合は、ミシェルが言ってたように「はっきりさせてない」訳です。
アルトから出てる矢印の「内容」を。
コレが、かなり重要だと僕は思ってます。
要するに「アルトからの矢印」は、シェリルにもランカにも向いてる訳です。
ただ、どういった内容で向いてるかを明確に語られてないので「途中でシェリルに向かった」様に見えます。
でも僕は、あれは死期が近いシェリルの気持ちに答えようとする、「アルトの優しさ」って奴の表現だと思ってました。
だから、最終的にアルトが気付いた事というのは、「二人は自分にとってどういう存在か」ってことです。
その人の存在が「自分に取ってどれだけ大事か」というのは、なにも恋愛だけではないでしょう。
たとえそれが男女間であったとしても、恋愛対象とは違う「大事な存在」はいますよね。
後々、恋愛に発展したとしてもねw
これが「お前達は俺の翼だ!」ですね。
アルトにとってランカは、「力に立ち向かうきっかけ」となり、「自分の可能性を信じて行動する」ことの大切さを教えてくれた存在。
アルトにとってのシェリルは、「自分の気持ちに素直になる」事を教え、「一人の戦士」として認めてくれた存在。
どっちかとれって言われて絞れますか?
お互いの気持ちに気付いておきながら、答えを出すことが出来ないアルトが気付いたのは「二人とも大切」ってことです。
立ち上がる為の翼と、戦う為の翼。
「自分の憧れてた空」に飛ぶ為には、「翼」は片方では無理なんです。
アルトはそういう答えを出したんです。
どっちかが大切じゃない、どっちも大切。
これは二股なんのかな?
僕はならないと思うし、アルトは「恋愛対象」として向けられてる好意に対して出した答えではないですからね。
「一条輝の出した答え」への、アンチテーゼといったところでしょうか。
まぁ、「好き」って言ってる子に「君も大切、あの子も大切」っていうんは、なんともまぁふざけた話ですw
ですから、「おいおい、アルト姫ふざけろよ」って意見には僕も賛成ですw
気持ちはわかる、言いたい事もわかる。やから、二人にはちゃんと説明しなさい!w
マクロスFの最終話って、結構賛否わかれてましたよねー。
ぶっちゃけ、やから「どっちかに属する」みたいで感想書かなかったんですw
「先延ばしにした伏線をどかっと回収」「そのくせ割と普通」「三角関係が決着してない」「だらだらしてただけ」って「否」意見。
「音楽と映像の融合」「感動」って「賛」の意見。
自分はどっちでもありません。
だって、「否」派はたぶんマクロスそのものに「否」と唱える方達の感想ですよ。
「賛」派は、マクロス好きがかなりいるはずですからねw
正直、「歌で戦う」ってのが「かっこわるい」から、子供の頃は「マクロス7」嫌いでした。
でも、大人になってアニメ以外にも色々な作品を見て、色んなジャンルを見てきた結果、マクロスは「好きな作品」になりました。
最後まで見ると、「主題に対する答え」が見えてくるんですよね。
マクロスFは、「意志無く襲う敵に対する恐怖」と「集合体と一個人の意志」という物に対する答えを「ヴァルキリーを使った戦闘」で見せたと思ってます。
たしかに、「意志を持たないバジュラ」を使って、グレイス達が何をしたかったのかが見え難かったと思います。
アニメや物語の見方として、「伏線」や「謎」を追ってくのが好きなタイプには、物足りなさ過ぎるでしょう。
グレイス達は「宇宙中を支配し、さらなる進化をとげる」事を望み、バジュラのネットワークを使って宇宙中に自分の意識を広げる事により、文字通り「掌握しようとした」わけです。
……人類補完計画を悪用したような、ちょっとどっかで聞いた感じ。
ってなると、謎好きなかたは「あぁ…」ってガッカリしちゃうのかなぁ。
僕も大概謎が好きやけど、「なるほど、そのタイプか」って納得して終了したからなぁw
逆に「賛」派は、最後のメドレーで「これこれ、歌の力がマクロス!」って盛り上がって、納豆ミサイルみて「戦闘シーンすっげー」ってなってたでしょう。
実際、あれは「バトルシーン」としては非常に良い物やったと思います。
そして、バトルシーンで魅せるのがマクロスですから!w
「歌の力」と「歌」を聞かせるのがマクロスですから!w
「三角関係に完全に発展する」までを描いたのが、マクロスFという作品だと思ってます。
「人が愛さずにはいられない」のは「一人だから」ってことを、バジュラを使って描いたと解釈してます。
「歌の持つ力」の一つを、バジュラとランカの交流で描いてると解釈してます。
このように、価値観や好みの違いが、そのまま「解釈の違い」に現れると思います。
それを、ひとつに絞れるような「強烈な作品」は、ほとんど存在しないと思います。
そして、それを作中で「言わせちゃう」ような作品は、「本物」じゃない。
一個の作品で、「万人に万人の感想」を持たす事の出来る作品こそが、本物の作品であると。
だから、僕はマクロスFという作品を「本物」として扱ってます。
「偽物」ってなんやねんって思うでしょうが、それは前述したように「作品で伝えたい事」をキャラなりに「言わせちゃう」「説明させちゃう」ような作品ですよ。
って、お前何様やねん!って感じですけどねw
映画版は「総集編+α」で「三角関係の最終決着」が付くそうですが。
放送時に囁かれてた、「死亡での三角関係の決着」ってのは選んで欲しくないような…。
ランカの悲しむ姿も、シェリルの悲しむ姿も見たくない。
そこは素敵な終わらせ方をお願いします!
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