常に「心の平穏」を願い、それが「幸福」だと考えております。
嘘か真か?ディケイド話数のお話
ディケイドは全30話やったそうです。

「えっ?!w」

って感じですw

「ちょっと、このままでオチは大丈夫なん?」って心配なってきました。

「仮面ライダー史上、唯一の大転け作品」とならないようにして頂きたい。

まぁ、ある程度初期の段階から決まってはいた。

ということなんですが…。
ディケイドの話数に関しては、諸説有りますが。

インタビューで「全30話」って答えちゃってたり、気付いたら「全30話」って表記したりしてますけど。

玩具商戦の作戦で、「戦隊もの」と発売時期をずらす目的がある。

その為、元々「30話」の予定であった。

であるとか。

それって、やっぱり後付けでしょ?

早い段階で打ち切り決まったから、とって付けた。

そんな空気を感じずにはいられません。

だって、HPの「表現の仕方」が微妙すぎたし、説明不足やし、なんやかんやで「批判を上手く避けれるように」変えてってるし。

最初の方は、「世界観=世界」であるとして、「リ・イマジネーション」と言ってました。

「再び想像する」ですかね。

世界観を使って、再び表現する。

それなら、設定変わって「世界観」まで変わっちゃうのとか、どないなんの?

って、「キバ編」で既になってました。

そしてら、今や平然と「再構築」って言ってる。

「仮面ライダーの姿と、いくつかの設定」で、再び「新しい設定」を構築する。

師匠と弟子とか、サラリーマンとか、おばあちゃんがいる妹を守る兄とか。

おいおいおいおい。

ってなった方、何万人いるんでしょうか?w

もう、正直。

響鬼に関しては、「お前らほんまに解ってへんな!」ってなりましたよ。

明日夢とヒビキさんは、「鬼と弟子」という枠組みにとらわれない、「師弟関係」を築いてて気付いたわけです。

あれやったら「普通の師弟愛」の話じゃないですか。

共通することがらが無くても、伝えていける「心」というものがある。

見せてやれる背中がある。

そういうことでしょ。

紆余曲折を経て、なんとか描かれた「響鬼という作品で、皆が伝えたかったもの」を、踏みにじられた気がしました。

それは思い入れが強過ぎるから、なのかもしれません。

でも、「視聴者によっては、思い入れが強く出てしまう作品もある」ってことは解ってたはずです。

価値観は千差万別。

ですから、俺とは違う「響鬼への思い」を持ってる方もいるはず。

「ありゃ、仮面ライダーちゃう!」て方とかね。

それは、容易に想像出来たはずです。

だからこそ、慎重になって欲しかった。

変えるならば、其れなりに守って欲しい設定があった。

残念です。


明日は後編ですから、それを除いた残りの6話で「きっちりと説得力のある作品」として終わらせて欲しいです。

そう。

厳しい言い方をしますが。

「他の作品を冒涜までして、作り上げた意味が有った」

と思える作品にして頂きたい。
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